遠州まほろばの会

日航機事故から34年 その5

御巣鷹山災害派遣で、新しい発見・体験がありました。

自衛隊の非常食と言えば缶飯・乾パンが定番ですが、この災害派遣で初めてレトルト・カれーを味わいました。缶飯は一度温めるとほぼ1日柔らかいので、山登りの人達にも便利で好評であるが、なにせ重い。現場への山道に沢山捨ててあった光景が目に焼き付いており、最後の派遣できちんと回収したのか気になっています(昼飯抜きでも軽い方を選択するほど行程がきつかった。というか、初期は現場の惨状に食べることが出来なかった。)。プラスチックの容器にご飯とカレーが分けて入っており、味もまあまあで隊員にも好評でした。今では珍しくもなんともありませんが・・・・。

食事について一つ思い出しました。1次隊は出発時に倉庫の缶飯を手あたり次第に積み込んで出発しましたが、最初の捜索隊に渡されたものは赤飯の缶飯でした。さすがに(現場の惨状もあって)食べることができず、お腹を空かせて山道を戻って来ました。宿営地の方では、疲労困憊した隊員のために具沢山の豚汁を用意して待っていましたが、お椀に浮いた肉片を見たとたんに吐き出す隊員もいて、ほとんど手を付ける者がなかったそうです。疲労困憊し、空腹を抱え、TVでは自衛隊非難の報道がくり返され、宿舎の体育館内は意気消沈し、別の意味でこちらも悲惨な状況となっていたそうです。

もう一つ新しい発見がありました。
空自の無線機は、任務の性格上野外通信は想定されていないため、部隊にあったのは旧式のもので、重いばかりで電波もそれほど飛びません。(現場では、警察官の装備する携帯無線機の方が高性能であった。しかも、軽くて小さい!)それで、現場部隊はNTTに宿営地から現場までの臨時回線の設置を頼みに行きました。NTTの担当者は話を聞いて、「もっと良いものがあるから、それをお貸ししましょう」と、大きめの弁当箱に受話器がついたようなもの(初期の車載電話機と言えばイメージできるでしょうか)を示しました。「可視範囲に電線があれば、全国どこでも通じます}という説明で、3台あったものを全部提供してくれました、もちろんタダで(もちろん通話料も)! これが生まれて初めて見た携帯電話でした。
実際に現場への途中の尾根で彼方に高圧送電線を見つけた隊員が、面白半分で北海道の自宅へ試しに電話して見事通話できることを確認しました。北海道のご両親には、心配をかけることになってしまいましたが・・・・。
今では携帯どころかスマホを一人1台以上持っているようなご時世になっていますが、その有難さをきちんと理解しているのでしょうか・・・・?

山道に物を捨てると言えば、現場への途中で某放送局の名前が書かれたカメラの三脚が放置されていました。結構大きなもので、重さに耐えかねて捨てていったのでしょう、流石にカメラは捨ててありませんでしたが・・・。
私達が現場に向かう途中でも、某放送局の記者2名が迷子になっているのに出くわしました。「一緒についてきてください」と言ったら、本当にホッとした顔をしていましたが、現場に着いたとたんお礼の言葉もなくどこかへ消え去りました。しかし、その記者は上野村からではなく、どこから山に入り込んだのだろう?

マスコミと言えば、彼らの傍若無人ぶりは御巣鷹山でも例外ではありません。先に書いた、衛星中継車を山道を封鎖して設置して、捜索救助隊の行動を妨害して当然と言う面をしていたのに加え、現地の陸自指揮所(天幕1張)の周りをテントが埋め尽くし(当初探すのに苦労した)、規制線のロープの内側に入って平気でTVカメラを回して警察にしかられ、もうやりたい放題でした。こんな奴らが自衛隊にいわれのない非難を続けているのかと思うと、本当に腹が立った。テント生活する報道陣のために食事をヘリで運ぶため、それでなくても混雑しているヘリパットを無用に混乱させ、挙句の果てに強硬着陸して管制指示違反で操縦士免許をはく奪される者まで現れた。大規模災害でもそうですが、もう少し共同取材等を考えるべきではないでしょうか。国民の知る権利に応えるとか何とか言っていますが、現場では人命救助の邪魔以外の何者でもありません。
ところで、現場へ出張ってた記者等はトイレの始末はどうしていたんでしょう? まさかその辺でたれ流しなんてことは・・・・・・?




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