遠州まほろばの会

あれから40年・・ ミグ25函館強行着陸事件

今日の産経新聞に、「防空の穴 いまも放置」として事件に関する記事が載せられていました

函館空港に、当時秘密のベールに覆われていたソ連最新鋭のMIG-25が、領空侵犯の挙句強行着陸した事件でした。お若い方で事件をご存じない方は、ネットに関連記事が沢山ありますので勉強してみて下さい。

当時、私も千歳基地の第2航空団第302飛行隊に所属しており、事件の顛末を傍で見ていました。

あの時、可動全機にミサイル実弾をフル搭載(中距離、短距離AAM各4発)が命じられ、駐機場はごった返し、信じられないような問題点(公表されていないと思いますのでお話しできません!)も発見されました。

全機に実弾フル搭載された光景は、実はその時初めて見ました。通常の演習などではダミー弾を使用しますし、実弾を搭載する訓練も2機程度を対象とするだけというのが実態だったからです。

しかしながら、そのミサイルの使用について、ソ連がミグ25破壊のために侵攻してくるかもしれないという情報(噂?)があったにも関わらず、何も特別なものはありませんでした。

同時に、増加した待機戦闘機への搭乗割りの作業が行われましたが、若いパイロット達は「俺を乗せろ!」とそれぞれがアピールして騒々しい(怒鳴りあいに近い!)状況となりました。危険だの命がどうなのという声は全くありませんでした。

戦争が始まるときの飛行隊のムードはこんな風なのかなと、脇でションボリ見ていました。実は、その頃ようやくTR訓練を修了て、アラートのスケジュールに名前が載り、スクランブル・デビューに張り切っていました。が、事件勃発によりスケジュール・ボードから我々新人の名札は剥がされ、先輩に入れ替えられました。ピヨピヨのため、「乗せてくれ!」と言える立場にはなかったのです。

その時の飛行班長の一喝が爽快でした。「ガタガタ騒ぐな!!」、これで若いパイロット達は大人しくなりました。

その後、函館から機体を百里基地へ移動する際、フル兵装の4機のF-4が護衛任務に就きました。米軍のC-5を空自F-4が護衛に当たったのです。先だっての安保法制における集団的自衛権に関わることを、40年前に既に行っていたのです。ミサイルの使用基準も示すことなく、集団的自衛権との関わりも明示することなく、国家主権にかかわる大事を8名のパイロットに丸投げしたのです。

この時、編隊は飛行隊長自らが指揮されました。出発前の飛行隊長の訓示について、断片的には漏れ聞いていますが紹介は控えます。ただ、全員で水杯を交わしてから機体に乗り込んだと聞いています。

あれから40年、装備品は代わっても、如何に守るか(武器の使用)については何も変わっていないように思います。尖閣でも、たまたまその時にスクランブル発進していた操縦士に、国の主権・威信を丸投げするつもりなのでしょうか?




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